AMX物語
History of AMX
世界的な制御メーカーに成長したAMX発足当時のスコットミラー青年の物語! |
| 「ねえ!車をガレージにいれるときってプラスチックのハンドリモコンのボタンをパチッと押して、ガレージのドアーを開けるよね!
みんなは半世紀以上も車の中でさえ、こんなリモコンに親しんでいたんだよね!」 |
The Begnning: 1982
ダラスのやせた貧弱な金髪青年、スコットくん(Scott
Miller)もまた同じようにこのプラスチックのリモコンのボタンを押す毎日から、1982年4月、世界的な制御システムの先導メーカーの歴史の門を開いたのです。
おもしろいことに、こんなドアリモコンからヒントを得て、本当にAMXを発足させてしまったんです。 当時スコットとロス(Roslyn)は創業開始とともに、ドアリモコンをスライドプロジェクターの操作リモコンにみたて、あのMXシリーズの販売をはじめたのです。 そして15年たった今も値段を換えることがなくスライドプロジェクターリモコンを販売しつづけています。 当時、AMXは現在の敷地内にある500平方フィートの店舗付き事務所に移りましたが、その後五回の拡張工事を経て60,000平方フィートに成長し現在に至っています。
現在に至るまでのこの15年間に色々なことがありました。 しかし会社の歴史というものを正確に語ろうと思うと、たいていの会社はこんな短い期間でもどんどんと社員が入れ替わってしまうので、どうしても過去の記録(紙面)に頼ることしかできません。 しかしAMXはその必要がないんです。なぜなら創業当時一人目の社員となったベティー(Betty
Eaton)は、今でも最前線で活躍しているとおり、創業当初からの社員がとても多く、記録に頼らなくてもその発展史を社員一人一人が正確に自信をもって語ってくれます。

AMXは長期雇用の意識があまりないアメリカにおいて珍しく勤続年数の長い社員を多くもつことで有名です。 特に今の時代、血気盛んな若者たちが、新卒でこんなにも長く勤めるAMXの魅力はどこにあるのでしょうか....
AMXは、1982年4月1日、正式に発足しました。 んっ?”4月1日!”それってエイプリルフール! スコットさんが冗談ではじめた事でないことは現在のAMXが十分証明してくれていますよね。
AMXの創業資金はロスのの父親からスコットとロスに貸した$25,000ドルからでした。 次の年にキッチリと全額返済しました。創業当初、実はスコットはあまり利益を重んじていませんでした。 しかしその後の発展を考えるとこの考えは間違ってはいませんでした。 |
Building:1982-1989
最初の営業はスコットたった一人でおこなっていました。 それは孤独なものでした。 1982−1989年の間に従業員数は20人まで上り、マーケットもアメリカの代理店と、少数の海外代理店くらいの規模でした。(ちなみにエレクトリはこのころ、故・服部社長によって彼らの仲間入りをしています。) そして孤独感も少しずつ柔らぎ軌道に乗り始めるたわけですが、その後の将来の急成長と比べると、それはまだまだかわいいものでした。 その後インテグレートルームコントローラー、SXシリーズをはじめとする様々な新製品を発表し、そしてついに最初のマイクロプロセッサーベースのタッチセンシティブコントロールパネルが製品化されたのです。 |
Leadership:1990-1993
この時点でAMXにはライバル会社が存在していました。 その1つは同じくダラスを本拠地とするスコットの旧友ピーター(Peter
York現社長)が経営していたAMXと似たような製品を生産していたヨークコントロールというものでした。
スコットとロスは彼らとお互いに刺激し合い市場競争に翻弄していました。 しかし1991年、この2社の合併に合意すると共に、この健全に激しく戦いあった競争も終演を迎えることになったのです。 今では語りぐさとなっている毎年行われていたAMX対YORKのソフトボールの試合もその年1:1の引き分けをもって終わることになりました。当時活躍していたジム(Jim
Morrison)やジミー(Jimi Hendrix)そしてヨーク本人を含めほとんどの社員がAMXに移りました。 ヨークコントロール
と言う名前は無くなりましたが、その後のAMX製品に大きな影響を与え、今でもヨークコントロールが存在したことは、決して忘れられることはありません。
1990−1993年の間にAMXが所有したのはヨークコントロールだけではありませんでした。 "Prism
Media Systems や、"Synergy"またイギリスにある
Axcess Technology の参入もAMXを全米最大の制御システムメーカーに押し上げる要因となったのです。
この間に、AMXの社員は50人を越えていました。 "Dallas
Business Journal Fast Tech 50"に、Dallasの急成長ハイテク私営企業の1つとして1993年に認定され、Dallasの最急成長輸出企業の1つとしても認定されました。 1991−1994年に"Southern
Methodist大学の経営者運営事業研究所にDFW地区の急成長私営企業のひとつに命名されました。1991年この名誉が設立されてから四社だけは連続四年間この賞を取りました。 AMXはその四社の内の一社でした。 業界の人々が本当に脅威に感じていたかもしれませんが、AMXの市場も世界中のパートナーによって国規模で増大しました。
AMXは、Personal Presentation, Corporate
system, home automation,entertainment と、OEM販売にも進出しました。 その事業展開は本当に言い切れないほどになりました。 AMXの主力製品だった"AXCENT"はICIAの最高の賞、1992年度"Product
of the Year Award"を受賞しました。 これは本当に大きなことでした。この時代は、世界初のカスタムデザインパネル"TiltScreen"と、世界的な反響を呼んだの"AXCENT2"の時代でもありました。 |
Expansion:1994-1997
1994年と1995年は、AMXにとって急激な拡張と成長を促した年でした。 社員は130名になり、販売チームは地区ごとの分担制になりました。自社ビルのスペースは2倍になりAMXのトレニング部門も増設されました。 主力製品は"Color
TiltScreen"," Mini-Touch Panels"とタッチスクリーン機能のついたPCをコントロールパネルにする"PCTouch"がありました。

まだまだ十分ではないと考えたAMX社は公開上場する準備を進めていました。 しかし当初懸念された心配事とは、AMXが上場会社でありながら、それまで築いてきた自分達らしい貴重なカルチャー(ポリシー)を持ち続けられるのか?ということでした。 多くの社員やまわりの人々は、はやく靴を買い揃えるべきだと考えました。(ビジネスの身なりを整え王道をゆく) しかし、AMXをこよなく愛する人々の中には、靴を履かなかったり、履きたくないと考える社員もいました。 こんなこともAMXらしい話ではないかと思うのですが?
1996年から今に至るまでAMXは確実に爆発的な成長を果たしました。 同時にAMXは自分のカルチャーもしっかり守っています。 AMXは市場のリーダーになったにとどまらずコントロールシステム市場の世界的のリーダーになったのです。 コミュニケーシュン産業にも大きな影響を及ぼす存在となりました。
AMXで何をコントロールできますかと言うより、AMXで何ができませんかの方が良い質問です。AMXには8,000種もの設備機器をコントロールするデータベース情報が存在します。 さらに毎週10−12種目が追加され続けています。 AMXの総戦略は、我々の市場に我々の革新技術と製品群の仕様化に我々と一体となって心血を注いで下さる強力な会社と連携することです。 我々は常に、“AMXは、貴社の素晴らしいシステムをより使いやすくし、お客様にとっても、よりやさしいシステムとなるでしょう。”と話しかけます。 そして彼等が使いやすくなった製品をより多く販売してくださることで、双方のビジネスを伸ばしていくことができるのです。
AMXは新たに2社との業務提携を結びました。 ホームオートメーションメーカーとして名高い"AudioEase社"のホームマーケットのための販売チャンネルにAMX部門を新設しました。またもう1社ホームオートメーション市場の新鋭、"PHAST社"に2番目の販売チャンネルを設けました。 この2社は昨年、Dallasで催されたCEDIA(Consumer
Electronic Design & Installlation Association)で熱狂的な支持を受けました。(ちなみにこの時、AMXは"Mini-TiltScreen"で"Best
New Product賞"、"WAVE 2-way wireless
技術"で"Most Innovative Product
賞"を持ち帰りました。)
また前述の"PHAST社"はユーザーに優しいソフトウエアで、"the
Home Automation Association"から表彰された他、1997年1月の冬季CES(Consumer
Electronics Show)ではAMXの"Mini-Tilt
Screen"は"Innovations賞"を受賞しました。AMXのヒット製品はまたまた続いていきます。
つい最近の"INFOCOMM'97"はAMXの“経験”の全てを新しく塗り替えました。 新製品の多くは、全く新しい重要な市場コンセプトとして紹介されているはずです。このコンセプトはAMXの歴史に一貫して主張されてた文化でもある"The
Power Beyond"(超越したパワー)です。
この超越したパワー(The Power Beyond) は新しいビジネスコンセプトではありません。実際にスコット会長の創業初期の小さな事務所時代から持ち続けてきた"法則"なのです。 皆さんが展示会ホールを歩き渡る時、AMXブースを覗いてみて下さい。 AMXの社員の顔にもこの“超越したパワー”が感じられるはずです。
現在400名の従業員有するAMX社は"Dallas,Denver,Salt
Lake City,Philadelphia,England,Malaysia, Singapore"に事務所を構え、1000以上のディーラーを通じて45ヶ国以上の国々に製品を販売しています。
スコットミラー(Scott Miller)はPanja会長を経た後、さらなるビジネスの拡大のために世界中に旅しています。 ロスもまた健在でビジネスのマーケティングに余念がありません。
これはどこにもある成功の物語でしょうか? |
あとがき
日本国内でも私たちはスコット(元会長)の築くあげたカルチャーを、そしてその技術ノウハウをディーラーのみなさんと分かちつつ継承しています。 そして、システム設計の打ち合わせや現場でのプログラミングにおいても、まさに"The
Power Beyond"超越したパワーで溌らつとして仕事をしています。 AMXのご導入に伴うシステム設計、設置工事は、弊社指定取扱代理店が責任をもってご提案いたします。
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| ※AMX創世記は、1999年当時にホームページ上で記載させていただきました復刻版です。 |
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